趣味と共に生きる

気まぐれに作るハンドメイド作品と、我が家の動物達の日常。  まわりで起きたさまざまな出来事など☆☆

プロフィール

chizu

Author:chizu
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夢:森でふくろうと遭遇

理想:いつのまにか裕福

挫折:度重なるダイエット

趣味:動植物の観察

目標:今年こそ結婚


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2012. 03. 11

311 1年経った今

あれからもう、1年経った。

信じられないほど早く時が過ぎた。

ついこないだまで怯えていたような気もするけど

もう1年も経っている。



365日は早い。

あ、今年は366日か。

久しぶりに2月29日があった。

とにかくこの1年は早かった。



私はただたんに年をとったからだと思うが、現地の大人達はどうだっただろうか。

現地の子供たちの時の流れるスピードはどうだっただろうか。

大人達は復興に励み、精神的に苦痛のあるまま現実と向き合って過ごしてきたと思うけど、

現地の子供たちは何を感じ、何を見てきたのかと思うと本当に胸がつまる。




私が子供の時など、オイルショックも貧困も震災も戦争もなく

わりと平和の中で育ったような気がする。

もちろん事件や事故、歴史が動くようなこともあったとは思うけど、

国が揺れるほどのショッキングな記憶は思い当たらない。

あのころの日本は、一旦成長しきった後でバブルという、

めでたくも儚い、すぐにはじける煌びやかな泡の中にいた。


私が深い傷を負うほどのことはきっとなかった。

あったとしても 忘れた。

決して裕福な家庭ではなかったが貧乏でもなく、

まったく普通で不便のない子供時代を過ごした。

友人は私の人生を波乱万丈だと言うが、私にとっては特別変わったことなどなかった。



被災した子供達は世界で語り継がれるほどの自然の驚異を経験した。

友達、家族、近所の人、先生。。。

たくさんの人が犠牲になり、それを受け入れるしかない。

それを胸にしまい、大人へと成長していく。


その傷の深さは、どれだけ想ったとしても想像ができない。





阪神淡路大震災のとき、TVで見る映像が現実とは思えぬものを見たと思った。

あんな大都会でも、地震というもので日本人が建てたビルが崩れ落ちるという現実に

TVを見ていた自分の全身が固まったような感覚になったのを覚えている。


アメリカでのテロ映像を見た時は、もっとも非現実的なものを見たと思った。

本物の映像だとは思い難かった。

大勢の悲鳴と共に、光の象徴を一瞬で消し去ったテロ。

人為的に破壊された街。悲しみと復讐心であふれていたインタビュー。

世にも恐ろしい現実だと思った。


それから10年、去年の3月11日。

東日本大震災。


自分の住む地域は神奈川県で震度5程度だったが、

初めて、自分の持ついろんな感情に怯えたのを覚えている。

それまで生きてきて、一分先一日先が怖いだなんて思ったことがなかった。

一人でいたのでとても混乱し、それでも冷静になろうと

気合で自分の感情を封じ込めようとしていた。

行き場のない恐怖心との戦い。

いま、日本で何が起きているのか?

部屋でダウンジャケットを着て靴を履いたまま過ごし、

キャリーバッグとリードを常に持ち歩いていた。

きっとすぐに電気は復旧するだろうという甘い考えも消えはじめたころ

あたりは真っ暗になっていた。

ライフラインもなく、何がおこっているのか、震源地がどこなのかも

まったくわかっていなかったのが一番恐怖心をあおったのだと思う。

納戸の奥からキャンプ用品の入ったケースを探しだし、ランプを見つけた。

幸い電池が入れっぱなしだったので小さな灯りをつけると

気持ちがだいぶおさまった。

光の不思議。

ランプの周りにミネラルウォーターのペットボトルを並べると

部屋が明るくなった気がした。




あれからもう1年か。

今日はやたらと掃除や洗濯、整頓ばかりをしている。

そしてその合間にブログを書いていた。

無意識で区切りの一日となっているような気がする。


TVをつけるとずっと特集。

いつもはTVを点けっぱなしということはないが、

今日は追悼の意味もこめて被災地の情報に耳を傾けながら

いろんなことをしている。


使わないものなどの整頓をしようと思う。

今日はけじめの日だ。

清く正しく強く生きていこう。





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2011. 09. 02

節電の成果なのかな。

そういえば、計画停電にはならなかったこの夏。

震災直後に行われた、計画停電という名の無計画な停電が懐かしい。
不平等な上に、不規則で無計画な停電にがっくりきた。
みんな、停電に対しては文句はなかったと思う。
ただ、無計画に感じた人はけっこういたと思われる。

病院や施設、事情により電気が切れてはいけない家(医療器具などが
ある家庭)、それらもまったく関係なしに行われたのはとくに残念だった。
きっと配線の関係か何かでどうにもならなかったのだとも思うけど、
怪しいと感じていたこともあった。

それは、うちの人が大手企業の施設の建設現場に仕事で入っていたのですが、

 な ぜ か そ こ は 、

一度も停電にはならなかった。

停電地区のど真ん中、自家発電のなかったその現場で、
一度も停電がなかったのはどう考えても不自然。

大人の世界を感じました。

私もけっこうな大人だけど(笑)


いまは企業努力と各家庭の高い節電意識により、
関東の電力供給はだいぶ落ち着いてきたが、現地はまだまだ復旧どころか
何もかも片付いてもいない地区がたくさんある。
その上放射能汚染に風評被害。

新しい内閣には、本当に本当にうまいことやってほしい

みんなが安心して働ける日本へ。

政治を政治家へ任せられる国になってほしい。


とまあ、エラそうなことを言いつつも大した事ができるわけでもない私ですが、

愛国心だけはあるので、少しでも自分にできることはやって、

1ミクロンでも力になれればと思っています。


    



ここからはハンドメイドのお話です
最近、バスタオルがどれもボロボロになってきたので新しいものを
買いたいと思っていました。


いまいちほしいものが見つからなかったので、以前から気になっていた
リネン100でバスタオルを作ることにした。
とうぜん100%なので多少はゴワゴワするのだけど、リネンは使って
いくうちに、やわらかくなるので、それがこの生地でそれだけ立証できるか
体験してみることにしました。
昨日、はじめて使ってみたところ、吸収力は普通に良い(しっかり吸います)
特別なことは、乾きが早いことです。

sCIMG3071.jpg

硬さはやはり、綿に比べるとけっこうあるので今後のしなり具合に期待です
ちなみに、私は肌が弱いこともなく「ふつう」なのでなんの問題も感じませんでした。

個人的には見た目のおしゃれ感と、収納の時にかさばらないのが気に入っています。

さて、お昼ご飯でも食べるか~


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2011. 03. 18

危機感の違い

今朝は停電がなかった。
違うグループがなっているらしい。

もうどの道、そのつど予定も変更になるし、多少の困難は
普通に受け止めていこうというところにたどり着いた私。

ただ、大型魚が初日の長時間による水温低下により、弱っているので
(消化不良を起こしている)そちらの対応は敏感にやっていこうと思う。



普段、あまり人と連絡をとらない私ですが、最近では
いろんな人と会話をしている。よくあがる話が、価値観の違い。

価値観というか、危機感の違い。


夫婦や家族、友達の間で、大きく違ってくる。

私は、こんな大きな災害は100年に一度もないと思っているので
我が国日本に対し、危機感を高く持っており、避難準備もしていれば、なるべく
外出は避けたいと思っている。関心しないとか、不謹慎だと思っているわけでは
ないのだが、映画も見にいかなければ、バラエティーも見る気にならない。
お酒もたしなむ気にもならないし、遊ぶ気にもならない。


でも感じ方は人それぞれなので、同じ状況下でも、初日に
お酒を飲んでいる人もいれば、おとといくらいの話では「3,4日で関東は
もとに戻るんじゃないの?」と思っている人もいたぐらいだ。

私の周りでも、あんな大きい地震はしばらく起きない!と高をくくっている人も
いれば、絶対東京もやばいと思いすぎて買いだめ願望がとまらない人もいる。

ネガティブとポジティブ、不安と恐怖と楽観。

いろんな気持ちが入り混じる。

ここは神奈川県ですが、余震は毎日あります。
ここ2日は、お隣の静岡と千葉が大きく揺れたので、その影響を受けました。

千葉県には数人の知人がいるのですが、街で商売をしている人は、計画停電の
計画がまったく読めずに、社員のシフトのやりくりとお客様を回すことで
すごい労力を使っているといっていた。しょうがないとはわかっていても
ストレスがかなりたまると。。。

浦安に住む知人は、街が陥没しているんじゃないかと言っていました。
お水は自衛隊の協力のもと運ばれてくるのだと・・・

たしかに。。。言われて初めてネットで調べて見ると、かなり
大変なことになっていました。道路は液状化してぐにゃぐにゃ。
歩道橋の柱も思いっきり盛り上がって見たこともない形になっていました。

東北などの、強烈な被害を被っている現地の悲惨さに目を奪われ、
自分の生活で手一杯だった私は他の県をしっかり見ることができていなかったのです。


いま、考えること。

はじめは利益を追求した企業の営業イベントや、施設の工事、
なんで、こんなときにやっているんだと思っていました。

私の彼はいま、施設系イベントの仕事を担当しているのですが
震災の翌日、関東でも大変なことになっていたのに、街が大混乱の中、
通常とおりの予定で仕事へ向かいました。

私はそれを猛烈に批判し、怒りまくりました。
おそらく、初日に一人で大揺れにあい、まっ暗の中、状況もわからずに
愛犬を守らなければという責任感と、必ず大丈夫だ、冷静に行くんだ!
と自分に言い聞かせた15時間くらいのピリピリ感が抜けていなかった。




発生から一週間経ったいま、自分が思うことは、
やはり動かなくてはいけない。
働かなくてはいけないということ。
ここでできることはなにか。
募金や節電はここにいてもできる。
現地では言うまでもなく、当然のようにその道のプロが一生懸命
救援活動を行っているのだ。

被害の少ない関東地域の人間がやるべきことは
被災者に最善の配慮をするとともに、経済を
まわすことなのかもしれないと思った。

株価も数年先の日本経済を懸念して軒並み下がっていく。
いま動ける人が働き、経済をまわしていかなければ、きっと
日本の復興は先の見えないものとなる。


いま持つ、自分なりの方向性と災害に対する危機管理。

いろんなことを頭に入れつつも前に進まなければと思います。



私の中で日常が停止しそうになっていました。
しっかりしなくてはならないのは、東電や政治家だけではなく
自分自身だったことに気づく。。


今日から、しっかりと動き、新しい責任感をもっていきたいと思います。


まだまだ原発の恐ろしさや現地の被災状況は悪化したままですが
それを応援する意味でも、前に進もうと思います。

2011. 03. 16

計画停電グループ5

s-CIMG0047.jpg


今朝、起きたら停電していました(苦笑)


うちの町内がグループ5だということが判明。

うちの地区はグループの記載が第4と第5にあったため区役所に
問い合わせましたが、「申し訳ないが区でも把握できていないため、
停電になってみないとわからない」とのことでした。

停電時刻も毎度変わっているみたいなので、昨日、おとといと
メモにとってあるものは破棄。明日の予定は今晩組め!という
ことになりますね。


これはいよいよ本当に関東でも長期戦になると思い、
ストックの追加買出しに行くことにしました。
停電の間に、すぐ近くの第4グループの地区に買出しへ出発。
ホームセンターにつくと、ちょうどガスボンベが入荷したので、一セット購入。
s-CIMG0052.jpg
  ・ホームセンターでの購入品

その足でスーパーへ行き、久しぶりにお豆腐を買いました。
保存食としてスープを一つ追加。あと私のお昼ご飯とか。
でもやっぱり牛乳は品切れのままかぁ。。。
私はカフェラテがメインの飲料なので、牛乳がないのが唯一困っていました。
いまはしかたなく、激まずのコーヒー豆乳を飲んでいます


s-CIMG0053.jpg
  ・2軒目で買ったものたち。

s-CIMG0049.jpg




午後1時前後から、第4グループは停電、それと入れ違いに
第5グループの停電がいったん終わる予定なので、
1時過ぎからオープンする第5グループ地区のスーパーへはしご。

するとラッキー。本日、牛乳も入ってきたとのことでGET!
4日ぶりにお水も買うことができました。
どちらも私がレジに並んだあたりで売り切れていましたので
次の入荷はきっとまた先・・

s-CIMG0051.jpg
  ・レジへの行列

店内はどのお店も節電でだいぶ暗めになっています。

s-CIMG0060.jpg
  




帰宅後、通電している我が家で熱帯魚を確認。
小型魚が大勢入っている水槽はみな元気。

大型魚は少し弱っていました。爬虫類はいつも通り。

この一週間で温度が上がったり下がったりをくりかえしているので
しょうがありません。

人間は、我慢も利くし、理屈がわかる。

動物達には、気合で乗り切るとか、待つとか、状況を理解するって
できないですからね。ただただ、この状況を乗り越えてもらうしかないです。


うちには水槽が5つあります。すべての水槽で、一日あたりの点灯時間を
減らすと同時に、サーモスヒーターの温度を少し低めに設定しなおしました。




買出しと生活プランのことで頭がいっぱいだったので、
花粉のことをすっかり忘れて出かけてしまった今日の私。

帰宅後急に、目の周りがかゆく、鼻とくしゃみの連発で気づく。
花粉の飛散情報をチェックすると、今日は「非常に多い」でした。

買い物までは順調だったのに、

ああ、大失敗。  ヘックション!

2011. 03. 15

個々にできること。

今日のPC作業時間は、15時まで。
夕方からは停電に向けての準備。



小さなことの積み重ねが大きな力となっています。

たくさんの世帯が節電の協力をし、関東では順番に停電が
やってくることになっています。東京23区は、さまざまな
施設や拠点があるせいか、停電のグループには入っていません。
それを一瞬疑問に思ってしまいましたが、それでいんだと今は理解できます。
中枢が機能しなくなっては、もっと混乱を招くことになる。
それに、すべての人が納得できる負担などきっとないんだと思う。

ちなみに、我が家のある地域は計画停電グループ分けの2箇所に名前が載っており、
いまだにどちらのグループかはっきりしていないため(役所も把握できていない)
本日「停電になってからでないとわからない」という状況。


鉄道会社の協力はとても大きい。
電車通勤のある人たちは、どの線でも電車の運休が相次ぎ
大きな混乱を招きました。しかし、それと引き換えに、たくさんの
世帯では停電を間逃れました。全体の需要で考えれば病院や主要施設など、
それらの停電は、ないに越したことありません。
東電の計画停電も、ぜんぜん計画性にかけるのだけど、いまは
それらを批判して攻撃的な姿勢を示すのではなく、いかに冷静に対応して
いくかが近隣の地方の使命だと思っています。
政府への不平不満など、あとからいくらでもできます。


カジュアル衣料品店「ユニクロ」を一代で世界的衣料メーカーに
築き上げた柳井正代表取締役会長兼社長(62)が個人で10億円を
寄付すると同社から発表された。昨日の石原都知事会見の都政で10億にも
そうとうしびれたが、まさか個人で10億なんて・・

またそれにおいての柳井氏のコメントは差し控えるとのことで、

結果、男は黙って10億。。。  


もちろん、衣料などの提供もあり、代表的なヒートテック30万点をはじめ、
肌着・ジーンズ・タオルなど、7億円相当の寄贈。
さらに、従業員の有志で集めた1億、グループ会社5社から3億。

本当の意味で成功した企業の証を見たような気がしました。



また、芸能人やスポーツ選手なども、メディアを通していろいろと宣言しており
暖かいメッセージが、世界にむけての広報支援活動にもつながると思われます。

国民みんなが応援していること、他国のみんなも応援していること、
少しでも早く支援物資と共に、皆さんの気持ちが届くことを祈っています。


関西、九州、四国、沖縄・・

少し離れたたくさんの地方の方々が暖かくご支援くださり、冷静に対応して
くれることが一番の支えになるような気がします。

そうすれば国全域での混乱は避けられ、秩序が保たれます。


いま海外メディアでは、日本国民の質の高さが高く評価されています。
このようなときに、混乱による略奪や犯罪で人々の心が腐敗していくことなく
大多数の人が助け合いをしている日本国民。
本当にすばらしい事なんだと思います。



こんな偉そうに語ったところで、私も原発にはビクビクしています。
早朝の余震、爆発。 放射能、とうぜん怖いです。
でも自分のできる限り冷静に、批判や不満をできる限りもらさず
しっかり対応していきたいと思っています。


どうか、被災者の方々が、混乱や失望から少しでも早く回復できるよう、
国全体でバックアップできる日本でいられますように・・・





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